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東京高等裁判所 昭和50年(う)949号 判決 1975年8月07日

控訴人・検察官 八巻正雄

被告人 飯山太平

弁護人 大塚粂之亟

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用はすべて被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は検察官提出の水戸地方検察庁下妻支部検察官検事高橋邦郎作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

検察官の所論は、要するに、原判決が不動産侵奪・器物損壊の公訴事実につき、被告人は一時使用の目的で本件所為に出たもので、被告人には土地の所有権を自己のものにする意思が認められず、且つ本件の占有設定の態様・内容は、従前の占有状態と全く同質であり、新たな占有状態が被告人により現出されたものとは認められないとして、不動産侵奪罪の成立を否定したのは、不動産侵奪罪の成立に必要な不法領得の意思についての解釈を誤つて法令を適用し、且つ侵奪行為についての証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない、というのである。

法令解釈・適用の誤りの主張について。

所論に鑑み検討するのに、刑法二三五条の二にいう不動産侵奪罪が成立するため主観的要件として不法領得の意思が必要であることは原判決説示のとおりである。

ところが、原判決は、右不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い使用または処分する意思であると解すべきであるから、他人の土地を使用することによつてその土地を奪取するという事案にあつては、その土地の使用が本権である土地所有権を自己のものにしようとする意思をもつてなされることが必要であり、そのような意思ではなく、単に一時使用の目的でその土地を使用するに止まる場合には不法領得の意思はないといわねばならないとする。そして、右の見解を前提として、原判決は、被告人が、守本又雄所有の茨城県下館市大字玉戸字山ケ島一、三二二番の一及び同番の二の土地約二九〇アールのうち、東側部分約一〇〇アールの土地を同人から贈与されたものと信じ、同人にその旨所有権移転登記手続をなすことを要求していたが、同人がこれに応じなかつたことに憤慨して、昭和四四年六月、正当な権限もないのに、右約二九〇アールの土地のうち西側部分約一九〇アールの土地上に生育していた同人所有の松の木約四、〇〇〇本を掘りおこし、ブルドーザーで押し倒すなどして敷き込み、右約一九〇アールの土地を陸田に造成し、爾来、これを耕作・使用していること並びに被告人としては、守本又雄が右登記に応じておれば前記所為には及ばなかつたはずであり、また右登記が経由されればその時点で約一九〇アールの土地の使用は中止される筋合のものであつたことを認定のうえ、被告人の所為は、本件土地約二九〇アールのうち東側部分約一〇〇アールの土地について、守本又雄が被告人にその所有権の移転登記手続を履行するまでの間、右約一九〇アールの土地を一時使用する目的でなされたものであつて、右土地の所有権を自己のものにする意思でなされたものとは断定し難い、したがつて、被告人の本件所為が不法領得の意思をもつてなされたものとは認められない、と判断している。

しかしながら、刑法二三五条の二にいう不動産侵奪罪の主観的成立要件としての不法領得の意思は、同法二三五条の動産窃盗におけると同様、権利者を排除し他人の不動産を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用または処分する意思をいうのであつて、他人の不動産を自己の所有物としようとするまでの意思もしくは永久的にその不動産の経済的利益を保持しようとするまでの意思は必要でなく、たとえ、将来返還する意思があると否とにかかわらず、正当な権限なしに権利者を排除して不動産の占有を奪い、これを利用しようとする意思があれば足りると解すべきである(もとより、ある行為が不動産侵奪罪の客観的成立要件としての侵奪行為に該当するか否かを判断するについては、具体的事案に応じ、占有侵奪の目的、占有の期間等も、占有侵奪の態様、方法とともに総合的に検討されねばならないことはいうまでもない)。

原審で取調べた各証拠によれば、被告人は、前示原判決の認定のように、前記約一九〇アールの山林をブルドーザーを用いて陸田に造成したことが認められるが、その際、被告人が、正当な権限なしに、右山林を所有且つ占有している守本又雄を排除して右山林の占有を奪い、これを陸田として耕作・利用しようとする意思、すなわち不法領得の意思を有していたことは明らかである。したがつて、これと見解を異にする原判決には刑法二三五条の二の解釈・適用を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明白である。論旨は理由がある。

事実誤認の主張について。

そこで、検討するのに、被告人が前示約一九〇アールの山林を陸田に造成し、耕作・使用するに至つた経緯として原判決の認定するところを要約すると概ね以下のとおりである。すなわち、

被告人の父飯山定一(守本又雄の妻守本志げの兄にあたる)は、昭和二二年頃、守本又雄の依頼に応じて、東京都から家族ともども茨城県下館市に引越し、同市大字玉戸字山ケ島一、三二二番の二の土地(登記簿上宅地、約五〇アール)に居住し、右土地及びこれの東、西及び南側に隣接する同所一、三二二番の一の土地(登記簿上山林、約二四〇アール)の中央部分約一〇〇アールを耕作することとなつた。昭和二四年一〇月頃、下館市に疎開していた守本又雄の一家が東京都内に転居するに際し、当時、右両土地約二九〇アールの中央部分約一〇〇アールはほとんど開墾されて畑となり、その東側と西側部分は山林のままであり、栗の木、雑木が生立していたが、守本又雄は飯山定一に対して引き続き右土地を耕作させることにした(もつとも、両者間に右土地の耕作・使用に関し明確な契約は定められなかつた)。その後、飯山定一は家族の協力を得て耕作範囲を広げ、昭和三五年頃には右土地のほとんど全部を開墾し、陸稲、豆類、野菜類等を栽培していた。同年一二月四日同人が死亡し、その長男である被告人が同人を相続し、引き続き右土地を畑地として耕作・使用していたが、昭和三六年一一月四日頃、守本又雄は被告人に対し、内容証明郵便をもつて、飯山定一に使用を許したのは右約二九〇アールの土地の中央部分約一〇〇アールであつて、その余の山林を無断で開墾して使用しているのは許せないとの理由で、中央部分約一〇〇アールを一年後に返還し、その余の使用部分は即日使用を禁止する旨通告した。そのため両者は話し合いを続けた結果、昭和三七年四月頃、被告人は、登の苗木約五、〇〇〇本を代金約四万円で購入し、これを右約二九〇アールの土地の西側部分約一九〇アールに植林したうえ、この約一九〇アールの土地を守本又雄に返還し、同時に従前一、三二二番の二宅地上にあつた居宅を右約二九〇アールの土地の東側部分約一〇〇アールの土地北側に移築し、この約一〇〇アールの土地を、従来どおり、畑地として耕作・使用するに至つた。被告人は、右約一九〇アールの土地を守本又雄に返還してのちも、同人の承諾を得て引き続いて同土地を耕作・使用し、約三年間に亘つて麦などを栽培した。また、被告人は、右約一〇〇アールの土地は、同人から贈与されたものと信じ、再三に亘つて、これを被告人名義とするための所有権移転登記手続をするよう同人に請求してきたが、同人はこれに応じなかつた。のみならず、昭和四三年二月末頃、同人は被告人に対し、内容証明郵便をもつて、右約一〇〇アールの土地のうち南側三〇間幅の部分を同年一一月三〇日までに明渡すこと、被告人に賃貸する土地の位置、地代等については改めて協議のうえ決定することなどを通告した。これに対し、被告人は、同年五月六日法外農事調停の申立をしたが、同人がこれに出席せず、同調停は不調に帰したので、同年九月下旬頃、同人に対し内容証明郵便をもつて、同人の要求に応じられない旨回答したところ、同人は、同年一一月中旬、被告人に右約一〇〇アールの土地を贈与したことはない旨被告人に対し内容証明郵便で通告した。そこで、被告人は、同人が所有権移転登記の請求に応じなかつたことに憤慨して、同人が右登記手続を履行するまでの間使用する目的で、昭和四四年六月五日頃から同月二五日頃にかけて、堀江産業株式会社の堀江六右衛門に依頼して、右約一九〇アールの土地上の被告人がかつて植林した松生立木約四、〇〇〇本を掘り起し、、ブルドーザーでこれを押し倒すなどして敷き込み、右土地を陸田にし、その東側の前記約一〇〇アールの土地とともに農地として耕作・使用して現在に至つている。

そして、原審で取り調べた各証拠によれば右原判決の認定事実はいずれも肯認できる。

ところが、原判決は、右事実のほか、被告人が昭和三七年四月頃、前示約二九〇アールの土地の西側部分約一九〇アールの土地を守本又雄に一応返還してのちも、それ以前昭和二二年頃から約一五年間の長期間に亘つて右土地を耕作のため使用・占有してきており、昭和四〇年頃までの三年間は同人の明示の承諾を得て右土地を耕作のため使用し、事実上、看守・管理していたのであるから、陸田造成工事のなされた昭和四四年六月の時点において、被告人が右土地を事実上占有している状態にあつたことを認定し、右の事実を前提に、右約一九〇アールの土地の占有状態は、昭和三七年ないし同四〇年以前と陸田造成後とで全く同質であると評価できること、境界線を明確にするために設けられた工作物を損壊してまで本件所為に及んだものではないこと及び被告人の右土地に対する占有意思は守本又雄が前示登記手続を履行するまでの間の一時的なものであることなどから考えて、被告人の本件所為により右約一九〇アールの土地の占有状態が、従前のそれと比較して質的な変化を遂げ、その結果新たな占有状態が現出するに至つたと認めるには、いささか躊躇せざるを得ない、と判断している。

しかしながら、被告人が、昭和三七年四月、松苗木約五、〇〇〇本を植林したうえ、前示約一九〇アールの土地を守本又雄に返還したこと及び右返還後三年間、同人の承諾を得て、右土地上で麦を栽培したことは前認定のとおりであり、原審で取調べた証人守本又雄の原審公判廷における供述、同人の原審公判調書中の供述部分、同人の検察官に対する昭和四五年五月一七日付供述調書、証人飯山順一に対する原審尋問調書、証人守本忠茂の原審公判延における供述及び被告人の検察官に対する同年四月二四日付供述調書並びに証人守本忠茂の当審公判廷における供述を総合すれば、守本又雄は、被告人から右約一九〇アールの土地の返還を受けてのち、右土地を数回見分し、従兄弟の飯山順一に時たま右土地の状況を尋ねたほか、昭和四二年一月以降において、長男の守本忠茂に右土地の状況を見まわるように頼んだことはあつたが、被告人に右土地の管理等を依頼したことはなかつたこと、また、被告人も、右土地を返還後、返還に際して同土地上に植林した前示松生立木につき下枝刈り等の手入れをしたことはなかつたこと、少なくとも、昭和四二年頃には、右土地は松生立木の繁茂する山林としての外観を呈し、右土地に東接して被告人が耕作・使用する前示約一〇〇アールの土地との間には、その境界を明確にするための工作物こそ格別設置されていなかつたものの、西側部分の山林と東側部分の晨耕地とは明確に区別でき、その境界は、南北に連なるほぼ直線であることが一目瞭然であつたことが認められる。

以上の事実に鑑みれば、昭和三七年四月以降、守本又雄が右約一九〇アールの山林を所有且つ占有していたことは否定すべくもなく、他面、被告人は、少なくとも昭和四〇年頃以降右土地に対する占有を喪失し、これを支配・管理していなかつたことが明らかであるから、昭和三七年四月ないし同四〇年の前後を通じて、被告人が右土地の占有状態を継続し、したがつて、昭和四四年六月の時点においても、被告人が右土地を事実上占有している状態にあつたとする原判決の前認定は、明らかに証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものである。

しかも、原審で取調べた各証拠、とりわけ、水戸地方裁判所下妻支部昭和四五年(ワ)第三二号建物収去土地明渡請求事件の堀江六右衛門証人尋問調書及び飯山太平本人調書の各謄本並びに被告人の検察官に対する昭和四五年三月一〇日付及び同年九月一七日付各供述調書によれば、被告人は、もし被告人が前記約一九〇アールの山林を開墾すれば、告訴するとの守本又雄の警告を無視して、約三五万円の費用をかけて右山林を陸田に造成したこと、右陸田造成工事は、ブルドーザーを用い、右山林上に生立していた高さ約二メートル、直径六ないし八センチメートルの松生立木約四、〇〇〇本を掘り起し、これを右山林内の低い部分に敷き込むなどして行なわれたものであることが認められ、その規模も広範囲で且つ原状回復も困難であるから、右造成工事以降、被告人が、右山林に隣接する前示約一〇〇アールの土地の所有権移転登記を履行しない限り、明渡には応じられないと主張して、右陸田化した約一九〇アールの土地を耕作・使用し、年間多量の米を収穫していることと相まち、被告人が右約一九〇アールの山林について、守本又雄の意に反してその占有を排除し、新たな自己の占有を設定したものであること、すなわち、右土地に対する同人の占有を侵奪したものであることは明らかである。

しかるに、原判決は、前示のように、右約一九〇アールの山林の占有について事実を誤認した結果、右土地の侵奪の有無に関しても、当審とは異る判断に達したものであつて、右原判決には、占有の継続を認め、ひいては侵奪の成立を否定した点で判決に影響を及ぼすべき事実の誤認が存すること明白である。論旨は理由がある。

以上の次第で、検察官の本件控訴は理由があるので、原判決は結局全部破棄を免れない。よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、当審においてさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、もと守本又雄所有の茨城県下館市大字玉戸字山ケ島一、三二二番の一及び同番の二の土地約二九〇アールを畑地として耕作・使用していたところ、昭和三七年四月頃、右土地のうち西側部分約一九〇アールを、その地上に松苗木約五、〇〇〇本を植え付けたうえ、同人に返還し、これに隣接する東側部分約一〇〇アールは、従前どおり、耕作・使用していたが、右約一〇〇アールの土地は同人から贈与されたものと信じ、同人に対し、再三、所有権移転登記手続をなすことを要求したにもかかわらず、同人がこれに応じなかつたことに憤慨して、昭和四四年六月、正当な権限もないのに、同人の所有・占有にかかる右約一九〇アールの山林を陸田にして耕作・使用すべく、ブルドーザーを用いて、同山林上に生立していた同人所有の前示松生立木約四、〇〇〇本を掘り起し、これを押し倒して土地の低い部分に敷き込むなどして開墾し、同山林を陸田に造成し、もつて器物を損壊し、同人の占有する右山林地約一九〇アールを侵奪したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

構成要件該当法令 器物損壊の点は刑法二六一条、罰金等臨時措置法三条(但し、刑法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前のもの)、不動産侵奪の点は刑法二三五条の二に該当。

観念的競合の処理 刑法五四条一項前段、一〇条により一罪とし、重い不動産侵奪罪の刑で処断。

刑の執行猶予 刑法二五条一項。

訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相沢正重 裁判官 大前邦道 裁判官 油田弘佑)

検察官高橋邦郎の控訴趣意

原判決は、「被告人は、昭和四四年六月ころ、守本又雄所有の下館市大字玉戸字山ケ島一、三二二番の壱及び同番の弐の土地約二九〇アールのうち、同人占有にかかる西側部分約一九〇アールの山林を被告人の耕作地とするため、不法に同地上に生育した右守本所有の九年生松の木約四、〇〇〇本を掘起し、ブルドーザーで押倒すなどして敷き込み、開こんして陸田にし、もつて器物を損壊し同山林を侵奪したものである。」との不動産侵奪・器物損壊の公訴事実(訴因変更後)につき、不動産侵奪の成立を否定したが、器物損壊の成立を認めて、検察官の懲役一〇月の求刑に対し、「被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処する。右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。」旨の判決を言い渡した。不動産侵奪の成立を否定した理由の要旨は、要するに、被告人は一時使用の目的で本件所為にでたもので、土地の所有権を自己のものにする意思が認められず(不法領得の意思の欠如)、本件の占有設定の態様・内容は、従前の占有状態と全く同質であり、新たな占有状態が現出するに至つたと認めることができない(侵奪行為の欠如)というものである。

しかしながら、原判決は不動産侵奪罪の成立に必要な不法領得の意思についての解釈を誤つて法令を適用し、かつ、侵奪行為についての証拠の価値判断を誤つて事実を誤認したものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから到底破棄を免れないものと信ずる。

以下その理由を述べる。

第一、法令適用の誤りについて

原判決は、不法領得の意思の存在を否定するにあたり、「本件のように他人の土地を使用することによつてその土地を奪取するという事案においては、その土地の使用が本権である土地所有権を自己のものにしようとする意思をもつてなされることが必要であると解するのが相当である。そのような意思ではなく、単に一時使用の目的でその土地を使用するにとどまる場合には不法領得の意思はないというべきである。」(記録六七六丁、六七七丁)との基本的見解を明らかにしたうえ、被告人の所為につき、「被告人は守本又雄所有の本件土地の西側部分約一九〇アールの土地を陸田にしてこれを耕作して使用しようとの意思をもつて本件所為がなされたものではあるが、それは、被告人が、本件土地の東側部分約一〇〇アールの土地について守本又雄が被告人にその所有権を贈与することを約束したと信じ、これを実行しないことに憤慨してなされたものであつて、被告人としては、守本又雄が右約束を実行していれば本件所為には及ばなかつたはずであり、また右約束が実行されればその時点で使用は中止される筋合のものであつたことが認められる。」(記録六七七丁)との認定に立つて、被告人の本件所為は、「被告人の主観的意図としては、本件土地の東側部分約一〇〇アールの土地について守本又雄が被告人にその所有権の移転登記手続を履行するまでの間一時使用する目的でなされたものであつて、右約一九〇アールの土地の所有権を自己のものにする意思でなされたものとは断定し難い。従つて、被告人の本件所為が不法領得の意思をもつてなされたものとは認められない。」(記録六七七丁)と判断している。しかしながら、右判断の誤りであることは次に述べる理由によつて明らかである。

一、原判決は、不動産侵奪罪につき、本件のように他人の土地を使用することによつてその土地を奪取するという事案においては、不法領得の意思ありというには、単に権限なしに他人の土地を使用するというのみでは足りず、土地の所有権を自己のものにしようとする意思が必要であるとし、そのような意思のない場合は単に一時使用の目的で土地を使用するにすぎないから、不法領得の意思ありとはいえない旨判示しているが、この点において原判決は、不動産侵奪罪における不法領得の意思についての解解を誤つたものであり到底承服できない。

すなわち、刑法第二三五条の二にいう不動産の侵奪とは、不法領得の意思をもつて不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己の支配下に移すことをいい、その不法領得の意思とは、他人の不動産を自己の所有物としようとするまでの意思は必要でなく、正当な権限なしに権利者を排除して不動産の占有を奪い、これを利用しようとする意思があれば足りると解するのが相当である。財産犯成立の要件とされる不法領得の意思は、窃盗罪と本件のような不動産侵奪罪とで異なるところはなく、動産の窃盗に関し、最高裁判所昭和二六年七月一三日判決(集五巻八号一四三七頁)が「窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し、又は処分する意思をいう」とし、船を乗り捨てるつもりで他人の所持を侵害した事案につき窃盗罪の成立を認めている如く、不動産の侵奪についても、自己の所有とするまでの意思を要しないと解すべきである。とくに、不動産は動産と異つて場所を移転させることができず、かつ登記簿に所有関係が登記されているという性質を有するため、権利者の本権そのものを否認して自己に所有権があると主張し、あるいはその所有権を自己の所有にしようとすることは特別の事情のない限り不可能に近い。従つて、原判決のように不法領得の意思を単に当該不動産の占有を奪いこれを利用しようとする意思だけでは足りず、所有権を自己のものにしようとする意思をも必要とすると解したのでは、不動産につき権利者の事実上の管理・支配を奪う殆んどの行為は不法領得の意思なしとされ、不動産侵奪罪の成立がすべて否定されることとなつて極めて不合理かつ不当な結果となるからである。

これを不動産侵奪罪に関する判例についてみると、大阪高等裁判所昭和四二年五月一二日判決(集二〇巻三号二九一頁)は、所有者から資材置場として土地を借り受けトタン板で囲うなどして使用していたところ、これが台風で倒壊したので所有者と右土地の借受け又は買取りの話合いを有利に運ぶため既成事実を作つておこうと考え、右土地をブロツク塀で囲い、天井をトタン板で蔽つて建築資材などを置く倉庫として使用した事案につき、「不法領得の意思は、……中略……不動産についていえば、他人の不動産を自己の所有物としようとするまでの意思は必要でなく、正当な権限なしに権利者を排除して不動産の占有を奪い、これを利用しようとする意思があれば足りる。」と判示して不動産侵奪罪の成立を認めているのであつて、同判決は最高裁判所においても是認されている(最高裁判所昭和四二年一一月二日決定、集二一巻九号一一七九頁)ところである。これらの判例からみても明らかなように、不動産侵奪罪における不法領得の意思については、他人の不動産を自己の所有物としようとするまでの意思は必要でないとしているのである。

本件は、後述するとおり、被告人が正当な権限なしに守本又雄が所有し、かつ占有している約一九〇アールの山林を耕作使用する目的のもとに、約三五万円もの費用をかけブルドーザーを用いて開こんして陸田となし、その結果年間約一二〇俵もの米の収穫をあげるに至つた事案であつて、右判例にいう不法領得の意思が優に認定できるものであることはいうまでもないところである。

しかるに、原判決が、不法領得の意思に関し、他人の不動産を自己の所有物としようとする意思が必要であると解したうえ、被告人に本件土地を自己のものにする意思が認められないとして不法領得の意思の存在を否定したのは、不法領得の意思に関する解釈を誤り、その結果法令の適用を誤つたものといわざるを得ない。

二、原判決は、被告人に本件土地を自己のものとする意思がなかつた以上、不法領得の意思があつたとは認められないとしており、これが誤りであることは右に述べたとおりであるが、他方被告人の意図は一時使用の目的でなされたものであると判示している。すなわち、所有者である守本又雄が被告人の要求どおりに、本件土地の東側部分約一〇〇アールの所有権移転登記手続を履行するまでの使用であるから一時使用の目的であるとしているのであるが、このことをもつて不法領得の意思がないとしているかの如く解される余地もあるので、その誤りであることを指摘しておきたい。

財産犯において、いわゆる一時使用の目的の場合は不法領得の意思がないとされていることはいうまでもないが、一時使用とは、自動車の窃盗につき、使用後返還するつもりであつても約一八時間も使用した場合には単なる使用窃盗でなく、窃盗罪を構成するとした東京高等裁判所昭和三三年三月四日判決(集一一巻二号六七頁)の趣旨からみても、使用期間がきわめて短期間のものを指すことは明らかであり、本件のように侵奪後六年を経過してもなお使用している場合に、これを一時使用とみるのが不当であることはいうまでもない。いわんや、被告人は、原判決が認定するように、所有者の守本又雄が本件土地のうち東側部分約一〇〇アールについて所有権移転登記手続を履行するまでは西側部分約一九〇アールを返還する意思はないのである(被告人供述-記録一〇二丁、一一〇丁乃至一一一丁、四四〇丁、五七八丁)から、場合によつては永久に返還しないこともあり得るのであつて、かかる被告人の行為を一時使用と認めた原判決の判断は首肯し難いところである。以上のとおり、原判決は不法領得の意思に関する解釈を誤り、その結果法令の適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから到底破棄を免れない。

<その余の控訴趣意は省略する。>

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